名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)660号 判決 1988年5月27日
原告
一宮三ツ井土地区画整理組合
右代表者理事長
岩田昭壽
右訴訟代理人弁護士
鈴木匡
同
大場民男
同
鈴木和明
同
吉田徹
同
鈴木雅雄
右訴訟復代理人弁護士
中村貴之
同
深井靖博
被告
高桑森蔵
被告
有限会社三井ゴム工業所
右代表者代表取締役
高桑康治
右被告ら訴訟代理人弁護士
大池崇彦
主文
一 原告に対し、
1 被告有限会社三井ゴム工業所は、別紙土地目録記載(一)の土地上の物件目録記載(一)、(二)の各建物を収去せよ。
2 被告高桑森蔵は、別紙土地目録記載(一)の土地上の物件目録記載(三)の樹木を収去せよ。
二 被告高桑森蔵が、別紙土地目録記載(一)の土地につき使用収益する権利を有しないことを確認する。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨の判決を求める。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、土地区画整理法(以下「法」という。)三条二項、一四条、二一条四項に基づき設立され、昭和四九年九月一三日、愛知県知事よりその認可を受けた土地区画整理組合であつて、愛知県一宮市丹陽町三ツ井地区において土地区画整理事業を施行中である。
2 愛知県知事は、右同日、法二一条三項に基づき設立認可の公告をしたので、法七六条一項により、何人も、施行地区内においては知事の許可なくして建築物その他の工作物の新築、改築若しくは増築を行うことができない。
3 原告は、昭和五三年三月二八日付(第一次)及び同五九年八月七日付(第二次)で、被告高桑森蔵(以下「被告森蔵」という。)に対し、同人所有の別紙土地目録記載(二)の従前地(以下「本件従前地」という。)につき、同目録記載(三)の土地(以下「本件仮換地」という。)を仮換地と指定する処分(第二次仮換地指定処分の効力発生の日は、同五九年八月一四日)をなし、また、本件従前地の借地人である被告有限会社三井ゴム工業所(以下「被告会社」という。)に対し、同五九年八月七日付で同様の仮権利指定処分をなし、以後、法一〇〇条の二の規定に基づき同目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という。)を公共施設(道路)予定地として管理している。
4 被告会社は、昭和五三年一月一六日ころ、別紙物件目録記載(一)の建物(以下「本件建物一」という。)の建築に着工し、同年六月一五日ころこれを完成し、さらに、同五四年三月ころ、同目録記載(二)の建物(以下「本件建物二」という。)の建築に着工し、同月ころこれを完成して各所有し、被告森蔵は、同じく同目録記載(三)の樹木(以下「本件樹木」という。)を植栽、所有して、それぞれ本件土地を占有している。
5 また、被告森蔵は、本件土地につき使用収益する権利を有する旨主張している。
6 よつて、原告は、法一〇〇条の二に定める権限に基づき、被告会社に対し本件建物一、二の収去を、被告森蔵に対し本件樹木の収去と本件土地につき使用収益する権利を有しないことの確認を、それぞれ求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1項の事実は認める。
2 同2項の事実は認める。
3 同3項の事実は認める。
4 同4項のうち、被告会社が本件建物一、二を各完成、所有し、被告森蔵が本件樹木を植栽、所有して、それぞれ本件土地を占有していることは認めるが、その時期は否認する。
本件建物二は、昭和五一年八月ころ完成したものであり、本件樹木は同四九年九月一三日の原告の設立認可の公告前から存在していた。
5 同5項の事実は認める。
6 同6項は争う。
法一〇〇条の二は、仮換地指定処分から換地処分の公告までの間における公共施設予定地等に対する施行者の管理権を規定したものであるから、同土地上の建物等の収去を求めるためには、それが仮換地指定処分後に建築されてその敷地を占有したことを要し、その処分以前に建築された建物については法七六条、七七条等により、原状回復を命じ得るにとどまるものと解すべきである。
ところで、本件における第二次仮換地指定処分は、第一次のそれが違法ないし不当であつたため、原告が職権でなしたものであり、両者のあいだに同一性がないから、第一次仮換地指定処分の効力は消滅しているところ、本件建物一、二及び本件樹木は第二次仮換地指定処分前に既に存在していたから、法一〇〇条の二の規定に基づく請求は理由がない。
三 被告らの主張
1 被告会社は、昭和五一年四月ころ、原告に対し、本件建物一の建築工事につき同意を求めたところ、原告はこれを承諾し、さらに同年五月ころにも同意の意思を表示した。
また、被告会社と原告及び一宮市は、右建物の建築後である同五三年三月一五日、愛知県土木部都市施設課の多田主査を仲介人として話合いをした結果、被告会社による本件建物一の建築を承認し、その建築確認申請に協力することで合意した。
2 原告は、被告森蔵に対する前記第一次仮換地指定処分を行うにあたり、被告会社の存在を知りながらこれを無視し、何らの通知もしなかつたため、不審に思つた同会社代表者は、昭和五二年四月ころ、愛知県土木部都市施設課を訪れてこれを糺したところ、愛知県の担当者は、原告及び一宮市の担当者を呼び出し、厳しく叱責した。
これに加えて、被告森蔵が、同年五月三〇日、右仮換地指定処分につき、愛知県に対して審査請求に及んだ結果、原告及び一宮市の担当者は、被告らに対し、強い悪感情を抱くに至り、原告の役員や一宮市の吏員らは、「被告会社など経営できんようにしてやる。」などと公言するようになつた。
そして、被告森蔵が、前記第二次仮換地指定処分の取消しを求める行政訴訟を名古屋地方裁判所に提起(昭和五九年(行ウ)第一一号事件)するに至り、原告は、その報復のみを目的として本訴を提起したものであり、現に法七六条の許可や建築確認を得ないで工場を新築した訴外三井食品工業株式会社に対しては、原告は何らの措置をとつていないことと対比すると、原告の本訴請求は、権利の濫用にあたるもので許されない。
四 被告らの主張に対する認否
1 被告らの主張1項の事実は否認する。
2 同2項のうち、被告森蔵が、昭和五二年五月三〇日、第一次仮換地指定処分につき愛知県に対し審査請求に及んだことは認めるが、その余は否認ないし争う。
訴外三井食品工業株式会社の建築物は、原告の設立前にすでに建築されていたものであり、現在はすべて撤去され、道路敷と河川敷になつている。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1ないし3項の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められ<証拠判断略>(る)。
1 被告らの住所がある愛知県一宮市丹陽町三ツ井地区においては、昭和四五年ころから土地区画整理事業施行の気運が盛り上がり、その準備が進んでいたところ、被告森蔵も当初は右事業に理解を示し、これに対する仮の同意書を提出するなどした。
かくして、原告は、昭和四九年九月一三日、愛知県知事により設立認可され、同日、その公告がなされた。
2 右公告日当時における本件従前地の状況は、北側寄りに主として住居に供された建物があり、中央付近には被告会社の主力機械が設置された工場があり、また、南側寄りの部分には、まずその東側に駐車場兼用の空地があつたほか、中央付近とその西側に、母屋とは別棟の、トタン板の屋根で覆われてはいるものの壁のない吹きさらしの建物二棟があり、主としてゴム製品の原材料置場等として使用されており、西側の最南端には、樹木が数本生い茂つた空地部分があつた。
3 原告は、昭和五二年三月二八日付で、被告森蔵に対し、本件従前地につき、第一次仮換地指定処分(一宮市丹陽町三ツ井西鬼ケ島地区にあつた同人所有地に対する仮換地と一体化されて、北切屋敷二一街区に指定された。)をしたが、これにより前項記載の吹きさらしの建築物のおおむね南半分と空地部分が新設の区画道路の敷地予定地として削減されることになつたため、工場敷地が手狭になつて操業に支障が出るとして不満を抱いた被告会社代表者は、愛知県、一宮市、原告などに対して苦情を申し述べたりしたが、その過程で、被告会社は、原告に対する権利の申告をしていなかつた関係上、本件従前地の借地権者として扱われていないことを知り、右は原告の理事らが故意に被告会社を無視した結果であると考え、原告に対して強い悪感情を抱くに至り、同年五月には、被告森蔵名義で右処分に対する審査請求を愛知県知事に提出したりなどした。
この間、原告と被告らとの間で、前記西鬼ケ島の土地に対する仮換地を本件仮換地と一体として指定することを前提に、削減された部分を補う方法をめぐつて話合いがなされたが、被告森蔵が右審査請求において右二筆の土地は個別に仮換地指定すべきである旨の主張をしたため、合意には至らなかつた。
4 その後、被告会社は、営業規模の拡大を図るため、新しい機械の導入とこれに伴う工場の拡充を決め、昭和五三年一月ころ、原告の正式な承諾や建築確認を得ずして前記吹きさらしの建築物を取り壊し、また、新たに空地部分にあつた樹木も取り払つて、それをも取り込んだ跡地に本件建物一、二を建築し始めた。
被告会社が本件区画整理による道路予定地上に従来の建築物とは同一性のない建物を新築しようとしているのを発見した原告の理事らは、被告会社代表者に対し、右行為は本件区画整理事業の障害になるとしてその中止を求め、一宮市も、昭和五三年二月一日、被告会社に工事停止命令を発したが、同会社の代表者は、原告の理事の一人に右計画を伝えてあることなどを理由にこれを無視し、工事を完成させた。
なお、被告会社は、同月四日ころ、被告森蔵と連名で本件従前地についての借地権申告書を原告に提出した。
5 ところで、前記審査請求を担当していた愛知県土木部都市施設課の審査担当主査である訴外多田繁は、右紛争の話合いによる早期解決をめざすべく、昭和五三年二月中ころ、一宮市役所に当事者を集め、前記西鬼ケ島の土地に対する仮換地は本件仮換地と一体化しないこと、工場敷地の減少については東隣に保留地を設定し、うち北側の一〇〇平方メートル程度の土地を随意契約の方法で被告らに売却すること(残地は一般公開入札の方法により売却)、これにより仮換地指定に関する紛争が落着した場合には、原告は前記新築建物につき法七六条の知事の許可が得られるよう同意すること、その後、道路の開設までに被告会社は右建物を移転すること、などの和解案を提案したところ、関係当事者は、おおむね右提案に添つて解決を図ることを了承した。
6 しかし、その具体的な協議の過程で、被告らは原告に対し、保留地の取得を無償とすること、移転期間中の営業利益の補償をすることなどを要求したため、最終的な合意に至らず、結局、県知事の許可や建築確認も得られないまま、被告会社は従前の建築物とは同一性のない本件建物一、二を完成させ、それを取り囲むように、被告森蔵は本件従前地の南側境界線に沿つて本件樹木を植栽した。
7 その後、原告は、本件従前地と前記西鬼ケ島の土地は個別に仮換地指定すべきであるとの被告森蔵の審査請求手続における主張に対応し、昭和五九年八月七日付で、被告森蔵に対して第一次仮換地指定処分を取り消した上、前記西鬼ケ島の土地についての仮換地を本件仮換地と分離して新たに第二次仮換地指定処分をなし、また、被告会社に対して本件仮換地を仮に権利の目的となるべき宅地として指定したが、本件土地が道路予定地であることは第一次仮換地指定処分と異るものではなく、被告らは、あいかわらず本件建物一、二や本件樹木を所有して、本件土地を占有している。
三ところで、法一〇〇条の二の規定によると、仮換地(仮権利)指定処分により使用又は収益することができる者のなくなつた従前地又はその部分については、右使用又は収益することができる者のなくなつた時から換地処分の公告がある日までは施行者がこれを管理するものとされているが、右管理権は土地区画整理法に定める所有権に準ずる一種の物権的支配権を内容とするものであつて、施行者は、同土地を土地区画整理事業の目的に沿つて維持管理し、又は事業施行のために必要な範囲内において第三者に使用収益させることができるから、権限なくして右土地を不法に占有する者が存する場合には、同人に対して、同条の規定に基づき直接同土地の明渡しを求めることができるものと解するのが相当である(最高裁昭和五八年(オ)第五八三号・同五八年一〇月二八日第二小法廷判決・集民一四〇号二四九頁参照)。
この点につき、被告らは、本件は法七六条、七七条の規定により原状を回復せしめるためにとどまると反論する(請求原因に対する被告らの認否4項)。
そこで、右反論の当否を判断する前提として、まず右両条の趣旨、内容について検討するに、法七六条四項に基づく原状回復命令等は、同条一項による建築行為等の制限に反して建築された建築物等についての違反是正措置の性質を有するものであつて、建設大臣又は都道府県知事の発する原状回復命令等により、違反者はこれに従つて原状を回復する等の義務を負担し、もし違反者が右義務の履行を怠れば、建設大臣又は都道府県知事は行政代執行法に基づきその執行をすることができることとするものであり、また、法七七条に基づく建築物等の移転又は除却は、仮換地指定処分により従前地上に存する建築物等を除却する必要が生じた場合において、右必要性は、建築物等の所有者等の責めに帰すべき事由により生じたものではなく、区画整理事業を遂行するために生じたものであることにかんがみ、右移転又は除却の実施を右所有者等に義務づけるのではなく、施行者の右所有者等に対する義務として規定し、その履行のために移転又は除却の権限を与えてこれを直接施行できることにしたものであり、したがつて、同条に基づく移転又は除却の対象となる建築物等は、仮換地指定処分の時点で現に従前地上に存するものに限られると解すべきものである。
そうすると、法一〇〇条の二に定める管理権が、前記のとおり本質的に私法上の性質を有し、公共施設予定地に対する施行者の一般的権限を規定したものであることに照らすと、法七六条一項の制限に対する建設大臣又は都道府県知事の違反是正措置たる性質を有する原状回復命令の要件を充足するからといつて、性質、主体、要件がそれぞれ異なる法一〇〇条の二に規定する権限の行使を妨げることはないと解するのが相当である。
また、本件においては前記認定のとおり、第一次仮換地指定処分と第二次のそれとは、被告森蔵の前記西鬼ケ島の土地と本件従前地とが一体となつて仮換地の指定を受けていたのを同被告の主張に従い個別になしたこと、被告会社が原告に対して本件従前地の借地権を申告したことに伴い同会社に対する仮権利指定が併せてなされたことの二点において異なるだけであり、本件土地が道路予定地であることについては何ら変更がなく、両仮換地指定処分は実質的に同一性を有するものであることが肯認できるので、施行者たる原告は、法一〇〇条の二の規定により、本件土地に対し、第一次仮換地指定処分のなされた昭和五二年三月二八日以降継続的に所有権に準ずる物権的支配権としての管理権を有するに至つたものと解されるところ、上記のとおり、右第一次仮換地指定処分後に建築、植栽された従前の建築物や樹木と同一性のない本件建物一、二及び本件樹木は、そもそも法七七条の移転又は除却の対象とはならないのであるから、法一〇〇条の二に基づく管理権と競合することを理由に右原告の同条による管理権の行使を否定する被告らの反論は理由がない。
なお、右の問題とは別に、一般論として、法一〇〇条の二の管理権に基づく収去請求のほかに、法七七条に基づく移転除却の直接施行あるいは法七六条四項に基づく原状回復命令等の行政代執行の要件を充たす場合に、当該行政主体が前者の履行を求めて民事訴訟を提起する利益を有するか否かについては議論の余地が存すると思われるが、前記のとおり、法七六条四項の定める権限は建設大臣又は都道府県知事に属するものであつて、本件のような組合施行の場合における施行者が右権限を有しないことはいうまでもなく、また、本件は法七七条に基づく移転又は除却がなし得る場合に該当しないから、施行者である原告としては、法一〇〇条の二の管理権を行使する以外他に取り得る行政上の強制手段を有しないものであり、本件訴えの利益の存否が問題となる余地はないから、結局被告らの反論は、いかなる観点からも採用することができない。
また、請求原因5項の事実は当事者間に争いがないところ、被告森蔵が本件土地につき使用収益する権利を有しないことは、叙上の説示より明らかである。
四次に、被告らの主張について判断する。
1 被告らは、まず本件建物一を建築するに際し、原告の事前ないし事後の承諾があつた旨主張するが、前記認定のとおり、事前に原告から正式な承諾を受けた事実は認められず(証人高桑康義は、原告の理事らが被告会社代表者に工事中止要請をしたとき、同代表者は、原告の理事の一人から、ゴム製品の製造に用いる金型をつり上げるのに必要な施設を作れと言われた旨弁解したと証言しているが、仮にかかる発言が原告の理事の一人からなされていたとしても、直ちに本件建物一の建築を許諾する趣旨の発言であつたと解することはできず、かえつて、右証人の証言によれば、原告の理事会等でかかる議題が審議されたことは一度もなかつた事実が認められるから、原告の正式な承諾を肯認することはできない。)、また、訴外多田繁の仲介した話合いの際にも、原告及び被告らは、仮換地指定処分に関する紛争が落着することを条件として、原告は同意を与える旨の和解案(ただし、最終的には本件建物一、二を移転することになつていたのは、前記認定のとおりである。)を一応了承したものの、結局、右紛争は解決しなかつたのであるから、右話合いで原告の承諾を得たとの被告らの主張は、採用することができない。
2 最後に、被告らは、原告の本件請求は権利の濫用にあたるものであるから許されない旨主張するが、原告が、被告らに対する報復のみを目的として本件訴えを提起したとの事実は、前記認定事実に照らしても到底認められるものではなく、かえつて、<証拠>によれば、本件建物一、二は、その南側に予定されている区画道路を大きく遮断し、公衆の通行の著しい支障となつている事実が認められるから、本件訴えは不当な目的で提起されたものではないというべきであり、被告らの右主張も採用することができない。
五以上の次第であつて、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれらを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官浦野雄幸 裁判官加藤幸雄 裁判官森脇淳一は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官浦野雄幸)
別紙土地目録<省略>
物件目録<省略>
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